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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9863号 判決

原告 堂山梅雄

原告 堂山友江

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木秀雄

同 高木伸学

右鈴木秀雄訴訟復代理人弁護士 西村文明

被告 株式会社中込百貨店不動産部

右代表者代表取締役 中込良

右訴訟代理人弁護士 田辺哲夫

主文

一  被告は原告らに対し、各金三〇二万円と、内金二七五万円に対する昭和四五年一〇月二四日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告らの勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金三三〇万三〇〇〇円と、内金二九八万三〇〇〇円に対する昭和四五年一〇月二四日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告堂山梅雄は、訴外亡堂山律子の父であり、原告堂山友江は同女の母である。

2  被告は、東京都杉並区松庵三丁目四〇番一五号所在、鉄筋コンクリート造六階建共同住宅用建物(以下本件建物という)およびその畳、建具、浴室設備等の造作一切の所有者である。

3  事故の発生

訴外堂山律子(昭和三一年一月三〇日生、事故当時一三歳一一月)は、昭和四四年一二月二九日、午後七時四五分頃、本件建物二階二〇六号室内の浴室(以下本件浴室という)において入浴中、都市ガスの不完全燃焼による一酸化炭素中毒により死亡した。

4  事故の原因

本件事故は以下のとおり本件浴室の設置の瑕疵に基因するものである。

(一) 本件浴室の構造、設備

本件浴室の構造、設備は別紙コーポ中込二〇六号室浴室見取図のとおりであるが、重要な点につき詳説すれば、

(1) 本件浴室は前記二〇六号室の北側に位置する東西一・五七メートル、南北一・六八メートル、高さ二・一七メートル(なお、北西側は東西〇・五四メートル、南北〇・九三メートルだけ壁が張出して狭められている)の容積約四・四立方メートルの一室である。

(2) 浴槽は、浴室内西北部分に、前記北西側の張出した壁に接着して位置し、縦内径〇・六七メートル、横内径〇・五四メートル、高さ内径〇・六メートル、容積〇・二二立方メートルの大きさであり、その東側に浴槽と隣接して、高さ約三二センチメートル、縦横各二四センチメートル(ただし、煙突部分を除く)の鋼製外釜式二号釜が据えつけられており、二号バーナー一個が付属している。右風呂釜の燃料は、訴外東京瓦斯株式会社から供給される都市ガスである。

(3) 都市瓦斯燃焼による排気ガスを直接屋外に排出する装置として、直径一〇〇ミリメートルの排気筒がもうけられている。その構造は、ベンド(排気筒の曲り部分)一個、丁字管一個が用いられ、室内から屋外に水平にむけられた直筒部分(以下横引きという)の長さは〇・五八メートル、トップ(排気ガスが外気に排出される部分)は横引きの位置からは〇・二メートル、排気筒の垂直にたてられた部分(以下縦引きという)の下方に備えられた逆風止装置からは〇・八五メートルの高さにあって、本件建物の北向外壁に〇・二メートル隔てて接している。

(4) 換気装置としては、浴室扉下部に縦〇・一六メートル、横〇・四二メートルのガラリー状の換気口が設置されており、二〇六号室室内の狭い廊下に面している。

なお、本件浴室の北側と西側に、それぞれ縦〇・三メートル、横〇・五七メートルの開放可能な窓が一個宛ある。

(二) 本件浴室の設置の瑕疵

(1) 排気ガスが浴室内に逆流停滞し、一酸化炭素が室内に充満することによる人体に対する危険を避けるため、東京瓦斯株式会社が作成し主として瓦斯風呂設計者や建築関係者に配付されている「建築家の皆さまへ、瓦斯器具の排気筒・換気口の設計と工事について」と題する書面に定められているガス風呂の標準設置方法によれば、

(イ) 排気筒について

(あ) 排気筒トップの位置は、建物側面ではなく、建物より高い、あらゆる方向の風が通りすぎるところでなければならない。

(い) 排気筒逆風止めより先の排気筒縦引きの長さは、排気筒が横引き〇・五八メートル、ベンド一個、丁字管一個の構造の場合は、少くとも一・九メートル必要である。

(ロ) 換気口について

(あ) 換気口の位置、個数は、浴室の床面近くに一個、天井近くに一個計二個が必要である。

(い) 排気筒直径と換気口の大きさ、個数との関係は、排気筒の直径が一〇〇ミリメートル、風呂釜が鋼製外釜式二号の場合は、一三〇平方センチメートル以上の実開口面積のある換気口二個を設置しなければならない。

(う) 換気口は屋外、または十分換気のとれる部屋に向けて設置されなければならない。

(え) 排気口が不完全な場合は、換気口面積を増大させる必要がある。

とされている。

(2) しかるに、本件浴室は、(一)で述べたとおり、排気筒トップは本件建物の北側外壁に接しており、逆風止めより先の排気筒のトップまでの縦引きの長さは前記標準より一メートル余短かく、換気口も、下部換気口はあるが上部換気口は設置されておらず、下部換気口は六七二平方センチメートル(四二センチメートル×一六センチメートル)の広さがあるとはいえ、狭い廊下に面し、しかも上部換気口がないため、換気の実効性を欠く。

なお、本件浴室の北側と西側にそれぞれ一個宛の窓があるが、本件事故当時のような冬期には、外部の寒気のため、窓をあけて入浴することはできず、また、北側の窓は、階段踊り場から内部をのぞくことができるため、特に女性はこの窓をあけて入浴することはできず、したがって、右二個の窓は換気口の役目をはたすものではない。

以上のとおり、本件浴室は前記標準設置方法所定の基準にはるかにおよばず、その設置に瑕疵があるものというべきである。

(三) 因果関係

律子の一酸化炭素中毒による死亡は、本件浴室の前記の瑕疵により、都市ガスの排気ガスが排気筒を逆流、停滞し、そのため都市ガスの不完全燃焼を誘発して多量の一酸化炭素を発生させ、これが短時間のうちに本件浴室内に充満したために生じたものである。

5  被告の責任

本件浴室およびその付属設備は民法七一七条一項所定の土地の工作物に当るから、その所有者である被告は、同条により、その設置の瑕疵により原告らの被った損害を賠償する責任がある。

6  原告らの損害

(一) 逸失利益

(1) 律子は死亡当時、満一三歳一一月の健康な女子であったから、「総理府統計局編昭和四五年日本統計年齢生命表」によれば、同女は満七六歳まで生存し得たものというべきである。

(2) 原告らの生活状態と今日の教育水準からみて、律子は少くとも高等学校卒業程度の学歴を得ることができたはずとみるのが相当である。したがって、同女は高等学校を卒業する満一八才から高卒女子労働者と同程度の収入を稼働可能期間である前記余命の範囲内の六五才までの間四七年にわたり取得し得たものというべきである。そして、労働省職業安定局編「新規学卒者初任給調査」によると、最少規模の企業(従業員三〇名ないし九九名)における高卒女子労働者の昭和四四年度の初任給は、一ヵ月二万三二三一円であるが、毎年の給与水準の上昇傾向、昇給、諸手当等を考慮すれば、少くとも、一ヵ月二万五〇〇〇円年間三〇万円の収入を得ることが可能であったとみるのが相当である。

(3) 同女の年平均生活費は右年収の半額である一五万円とみるのが相当である。

(4) したがって、同女の年平均純収入は一五万円に上るところ、稼働可能期間である四七年間の収入の現価は、ホフマン式計算法によりその間の中間利息を控除し、さらに、死亡時から高卒時までの四年一月間の中間利息を控除すると、二九六万六〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)となる。

(5) 原告らは律子の父、母として、同女の右逸失利益の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一宛すなわち一四八万三〇〇〇円ずつ相続した。

(二) 原告らの精神的損害

原告らの子は亡律子のほかは男児一名のみであり、本件事故により瞬時にして同女を失った原告らの苦痛は甚大であり、この苦痛を償うべき慰藉料は、それぞれ一五〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告らは被告に対し本訴を提起するにつき、本件原告ら訴訟代理人に対し着手金五万円を支払い、成功報酬として認容額の一割を支払う旨約した。したがって成功報酬は、前記請求額合計五九六万六〇〇〇円の一割に当る五九万円(一万円未満切捨)となり、右着手金との合計六四万円は原告らにおいて折半してそれぞれ三二万円宛負担すべきものである。

7  結論

よって、原告らは被告に対し、以上の損害金合計各三三〇万三〇〇〇円と、右弁護士費用を除いた内金二九八万三〇〇〇円に対する本件事故後の昭和四五年一〇月二四日から支払済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3のうち、律子が原告主張の日時に死亡したことは認めるが、その余は不知。

3  同4冒頭の主張は争う。

4  同4(一)の事実はすべて認める。

5  同4(二)(1)は不知。

6  同4(二)(2)のうち、上部換気口がないことは認め、その余の本件浴室の設置に瑕疵がある旨の主張は争う。

本件浴室内の排気筒、ガス釜、浴槽などの各設備は東京瓦斯株式会社、消防庁、東京都建築指導課による検査に合格したもので安全基準の遵守に欠けるところはなく、また本件建物には同一設備の浴室が二四あるが、本件の如き事故は今まで発生していない。

本件排気筒には逆風止めがついているため、筒の長短にかかわりなく外気や排気ガスが逆流する虞れはない。

換気口は建築基準法上必要とはされていない。また、本件浴室には二つの窓があり、これを開放することにより換気口代用の機能をはたすものである。窓は浴室内の高い位置にとりつけられており、全開できない構造であるから、あけても浴室内の温度にさほど影響はなく、また外部から窓を通して浴室内をのぞくことは不可能である。

7  同4(三)は否認する。

本件排気筒から浴室内に排気ガスが逆流する現象を生じるのは、本件建物の構造、排水筒の位置・構造上北ないし北々西の風が排水筒に極度に強く吹きつけた場合に限られるはずである。本件事故当日の東京管区気象台所在地(千代田区大手町一丁目三番地)における風向・風速は、午後七時ごろは、南々東の風一・三メートル、午後八時ごろは北東の風〇・八メートルであり、この風向・風速からすれば、風が本件排気筒内に排気ガスの逆流を生じさせたということはありえない。

本件事故は、専ら律子のガス使用上の不注意(点火不完全又はガスの点火部分に湯をかけて火を消した)、ないし原告らのガス器具の掃除が不充分(ガス器具のバーナーに汚物がついて不完全燃焼を起す)であったことに基因する。

8  同5の主張は争う。

9  同6(一)の(1)および同(5)のうち原告らが律子の父、母であることは認めるがその余はすべて争う。

三  抗弁

かりに、本件浴室の設置に瑕疵があり、そのため本件事故が発生したものであるとしても、

1  訴外律子には次のとおりの過失があった。

(一) 律子は本件浴室の窓をすべて締め切って入浴した。

(二) 律子は、入浴中、本件浴室のガス器具の点火が不完全なままガスを燃焼させて一酸化炭素を発生させ、または、浴室をガスの点火装置部分にかけて火を消し、ガスを漏出させる、というガス器具操作上の過失を犯した。

2  原告らにも次のとおりの過失があった。

(一) 原告らは、律子が本件事故当時満一三年一一月にすぎず、当然、ガス器具操作についての知識に乏しかったから、同女に対し、平素、換気のため本件浴室の窓をあけて入浴するよう指導すべきであったにもかかわらず、このような指導を怠った。

(二) 原告らは、不完全燃焼による一酸化炭素の発生を避けるため、本件浴室のガス器具の掃除をすべきであったにもかかわらず、入居時である昭和四四年八月一日から本件事故までの間、一度も右掃除をしなかった。

(三) 原告らは、本件事故当夜、午後七時三〇分頃に至って本件事故に気づいたものであるが、当時原告らは本件浴室の隣室におり、律子は午後七時ごろ入浴したのであるから、早期に律子の異常に気づき、本件事故を未然に防止すべきであったにもかかわらず、律子の動静に対する注意を怠り、本件事故の発生を招いた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1冒頭の主張は争う。

2  同1(一)の事実は認める。

3  同1(二)の事実は否認する。

4  同2(一)の事実中律子が本件事故当時満一三年一一月であったことは認めるが、その余は争う。

5  同2(二)のうち、被告主張のとおりガス器具の掃除をしなかった点は認める。

6  同2(三)は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

第一  原告堂山梅雄が訴外堂山律子の父であり、原告堂山友江が同女の母であること、被告が本件建物およびその畳建具浴室設備等の造作一切の所有者であること、律子が昭和四四年一二月二九日午後七時四五分頃死亡したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、同女は当夜本件浴室内で入浴中死亡したもので、その死因は一酸化炭素中毒であることが認められる。

第二  事故の原因

一  本件浴室の構造設備が請求原因4(一)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  本件浴室の設置の瑕疵

1  ≪証拠省略≫によれば、次の(一)ないし(三)の事実が認められる。

(一) ガス風呂のように瞬間ガス消費量の大きいガス器具は燃焼排気ガス量も多く、また燃焼のため多量の空気を必要とするので、ガス風呂の設置された浴室には、不完全燃焼による中毒事故防止のため排気筒、換気口を必ず備付けなければならない。

(二) 排気筒、換気口の標準設置方法は、次のとおりである。

(1) 排気筒について

(イ) 排気筒トップの位置は、建物の側面ではなく、建物より高い、あらゆる方向の風が通り過ぎるところでなければならない。

(ロ) 排気筒の逆風止めより先の必要排気筒縦引きの長さは、ベンドの数、横引きの長さ等によって異なり、横引きの長さ〇・五メートル、ベンド、丁字管各一個の構造の場合は、一・九メートル以上でなければならない。

(2) 換気口について

(イ) 換気口は、給気口として浴室の床面付近に一個、排気口として天井付近に一個、計二個必要である。

(ロ) 右換気口の規模は排気筒直径の大きさ、風呂釜の種類によって異なるが、本件浴室に設置された直径一〇〇ミリメートルの排気筒、二号風呂釜の場合は、一三〇平方センチメートル以上の実開口面積をもつものでなければならない。また換気口がカラリー状の場合は二六〇平方センチメートル(スチール製カラリー)ないし三七〇平方センチメートル(木製カラリーの場合)の面積が必要である。

(ハ) 換気口は屋外または換気が十分とれる部屋に向けて設置されていなければならない。

(三) 排気筒と換気口の必要な理由

(1) 二号風呂釜を燃焼させた場合、毎時二八立方メートルの新鮮な空気を必要とし、又毎時三一立方メートルの排気ガスが発生する。そしてこの多量の排気ガスが浴室内空気と混合すれば、当然浴室内の空気組成における酸素比率の低下をもたらし、これが一九%(新鮮な空気の酸素比率は二一%)以下に減少すると酸素不足による不完全燃焼を起し、有毒な一酸化炭素が発生し始める。

したがってガス風呂にあっては、排気筒を用いて、排気ガスを浴室内空気と混合させることなく排出して一酸化炭素の発生を防止するとともに、燃焼あるいは人間の呼吸に必要な新鮮な空気を取り入れるための換気口の設置が必須である。

(2) 排気筒はそのトップが建物の側面に位置しないように設置しなければならない。その理由は、風が建物側面に向って吹くと建物に当って速度を失うが、風の速度エネルギーは消滅することなく、エネルギー保存の法則にしたがって、圧力に転換する。そしてこの建物側面の圧力は比較的わずかな風でも、室内圧力と排気筒ドラフト(排気筒内の排気の圧力)との合計よりも大きくなり、排気筒内に逆流を生じることになる。この逆流が瞬間的であれば大過ないものの、冬の北風、夏の南風のように連続的な風が吹いた場合には、建物側面に排気筒トップが設置された排気筒では、排気は十分行われないからである。

2  右1で認定のガス風呂排気筒、換気設備の標準設置方法と一に判示の当事者間に争いのない本件浴室の構造設備とを対比すれば、次のとおり、本件浴室の排気筒、換気設備は右標準設置方法の定めるところに悖り、その効用において遙かにこれに及ばない不完全なものであることが認められる。

(一) 本件排気筒トップは、右標準設置方法が避けるべしとしている本件建物の北側外壁に設置されている。

(二) 本件排気筒逆風止めより先の縦引きの長さは〇・八五メートルで、右標準設置方法所定の一・九メートルより一メートル余短かい。

(三) 本件浴室扉下部には六七二平方センチメートル(縦一六センチメートル、横四二センチメートル)のカラリー状の換気口一個が設置されているが、屋外に面することなく、二〇六号室の狭い廊下に面しているため換気口としての効用は不十分である。

(四) 本件浴室には、上部換気口がない。尤も本件浴室の北側と西側に開放可能な窓が一個宛存するものの、特に冬期のように外気の冷たい時季にはその侵入を防ぐため、浴室内の窓を閉め切って入浴するのが一般のならわしであるから、右二個の窓は換気口の代用となるものではない。

3  ≪証拠省略≫および鑑定人黒岩幸雄の鑑定結果によれば、同鑑定人が本件事故後の昭和四六年一二月九日、外部の風が北北東の風、二・八メートルのもとで、事故後カラリー状に改造された本件浴室の北側窓を油紙で完全に塞ぎ、かつ西側窓を閉め切った状態で、本件風呂釜に点火後の本件浴室内の酸素・一炭化炭素の濃度変化を測定する実験を行なったところ、特に第二回実験では、実験前の酸素濃度は二〇・九%であったのに実験開始後三〇分経過した時点で一九・一%に低下したこと、および、一般に酸素濃度が一九%以下に低下すると、都市ガス燃焼時の一酸化炭素の発生が急速に増加するものであることが認められる。

4  右1ないし3に認定の各事実に≪証拠省略≫を総合すれば、本件浴室の風呂釜を燃焼させた場合、外部の気象条件如何によっては、排気ガスが排気筒内を逆流して、本件浴室内に充満し、その結果、浴室内の酸素濃度を低下させ、風呂釜の不完全燃焼を誘発し、ひいて一酸化炭素の発生をもたらし、人体に危険を及ぼす虞れの存することが認められる。

以上によれば、本件浴室は、その設置につき瑕疵が存するというべきである。

なおこの点に関し、証人富永恒温、同小沢安雄の各証言によれば、本件建物につき、その完成時に、東京瓦斯株式会社所轄消防署および東京都建築指導担当者による各種検査の実施されたことが認められるものの、東京都建築指導担当者の行なった検査の対象には、本件風呂釜、排気筒は含まれておらず、また東京瓦斯株式会社の行なった検査は、本件浴室にガスを供給するに際しゴム管を差し込むまでの、すなわちガス導入管部分までのガス漏出検査にすぎなかったことおよび所轄消防署の検査は主として防火の観点からなされたものであること、右各証言に照らし明らかであるから、したがって、本件建物について右各検査が行なわれた事実をもって本件浴室の設置に瑕疵があるとの前記認定を覆すことはできない。

さらに本件排気筒には逆風止めの装置が付いている事実は当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によれば、逆風止めとは、排気筒内を逆流した外気、排気ガスが直接、風呂釜の火に当って、火が消えないように逆流した排気ガス、外気を排気筒外に排出するだけの装置であることが認められるのであってみれば(≪証拠判断省略≫)、右装置の存在をもって本件排気筒内で排気ガスの逆流が生じた場合に、右装置により排気ガスが本件浴室内に充満するのを完全に防止し得るとはいい難い。

その他本件浴室の設置に瑕疵があるとの前記認定を覆すに足りる証拠は存しない。

三  因果関係

≪証拠省略≫によれば、訴外律子は、本件事故当日の午後七時ごろ洗髪のため、他の家族に先立って入浴したこと、午後七時三〇分すぎ原告梅雄は同女の入浴時間が平生に比し長くなったので律子に向って声を掛けたところ、返事がないので直ちに本件浴室内に赴いたところ、同女は浴室内洗場上に俯せになって倒れており、その頭髪は洗ったあとのような生乾きの状態であったこと、当時風呂釜の火は消えておらず少し赤みがかった炎を出していたこと、また本件浴室の二ヶ所の窓は全部締め切られていたこと(律子が本件浴室の窓を締め切って入浴したことは当事者間に争いがない)、以上の事実を認めることができる。

右に認定の事実と二4で認定した事実を総合すると、律子は本件浴室の二ヶ所の窓を閉め切ったまま風呂釜に点火しながら入浴していたため、当夜の風向・風速の関係上排気ガスが排気筒内を逆流して本件浴室内に充満し、その結果二4に認定のような経緯で一酸化炭素が発生し、そのため先に死因として認定した一酸化炭素中毒に罹って死亡したものと推認するのが相当である。

してみれば二4認定の本件浴室の設置の瑕疵と律子の死亡との間には因果関係が存するというべきである。

この点に関して被告は、たとえ本件排気筒から浴室内に排気ガスが逆流することがあるとしても、それは本件建物、排気筒の構造等の関係上北ないし北々西の風が排気筒に極度に強く吹きつけた場合に限られると主張し、≪証拠省略≫によれば、本件事故当日の風向・風速は、東京管区気象台の所在地である東京都千代田区大手町一丁目三番地において午後七時ごろは、南々東の風一・三メートル、午後八時ごろは北東の風〇・八メートルであったことが認められるものの、このことから直ちに本件建物の所在地である東京都杉並区松庵三丁目四〇番一五号における本件事故当時の風向・風速も右と同様であったと推断し得ないばかりでなく、比較的わずかな風によっても、ガス風呂の排気筒内に逆流が生ずることは二1(三)(2)において認定のとおりであるから、この点に関する被告の右主張は採用できない。

四  本件浴室は、これに附属する排気筒、換気設備と一体となって、民法七一七条一項所定の土地の工作物にあたるというべきであるから、被告は、本件浴室の所有者として、律子の死亡によって生じた損害を賠償する義務があるといわなければならない。

第三  損害

一  逸失利益の損害

1  律子の逸失利益

律子は死亡当時満一三才一一月の女子であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、昭和四四年度における満一四歳の女子の平均余命は六二・〇九年であることおよび律子は幼時より健康状態は極めて良好であったことが認められるから、同女は本件事故に遭わなければ満七六歳まで生存し得たものと推認することができる。そして右本人尋問の結果によれば、原告らは同女をその希望に即して少なくとも高等学校に進学させる予定で、かつこれを可能とする経済状態であったことが認められるから、同女は高等学校を卒業する満一八歳から前認定の余命の範囲内である満六五歳までの四七年間にわたって高卒女子労働者と同程度の収入を取得し得たものというべきところ、≪証拠省略≫によれば、昭和四四年度における女子の高等学校新規卒業者の初任給は、最少規模(従業員数三〇名ないし九九名)においても一ヶ月二万三二三一円であることが認められ、これに定期昇給、諸手当等を考慮すれば、同女は右稼働可能期間中少なくとも、一ヶ月二万五〇〇〇円、年間合計三〇万円の収入を得ることが可能であったと認めるのが相当である。他方同女の年間の生活費は、その半額である一五万円とするのが相当であるから、以上により同女の逸失利益の現価をホフマン式(年間複式、利率年五分)計算法を用いて求めると、次の算式のとおり

15万円×23.8322(稼働可能年数47年のホフマン係数)÷{1+0.05×(4+1/12}(死亡時から高卒時まで4年1ヶ月間の中間利息の控除)=296万8716円

二九六万八七一六円となること明らかである。

2  過失相殺

ガス風呂を利用する場合一酸化炭素中毒に罹患することを避ける換気に注意を要することは社会一般に周知されているところであり、また≪証拠省略≫によれば、ガス器具に汚物がたまると不完全燃焼を惹起し、一酸化炭素の発生を導く虞れがあるため、東京瓦斯株式会社では、ガス風呂利用者に対し二ヶ月に一回程度風呂釜の掃除をするよう指導していることが認められるところ、律子が事故当夜本件浴室の窓をすべて締め切って入浴したことおよび同人らは入居時である昭和四四年八月一日から本件事故までの四ヶ月余の間一度も本件沿室のガス器具の掃除をしなかったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば原告らは、年少の同女に対し平素換気のため本件浴室の窓をあけて入浴するよう指導していなかったことが認められるから、本件事故の発生については、律子および原告らにも右の点に過失が存したというべきである。

なお被告が過失相殺事由の一として主張する律子のガス器具操作上の過失は、これを認めるに足りる証拠はなく、同じく原告らが律子の入浴後三〇分経過前にその動静に注意を払わなかったとする点は、なる程律子は当夜午後七時ごろ入浴し、原告梅雄が異常を感じて声を掛けたのは午後七時三〇分すぎであること前認定のとおりであるが、前記のとおり律子は洗髪の目的で入浴したもので、女子の洗髪に相当長時間を要することは一般に認められるところであるから、右の点をとらえて過失とするのは当を得ないというほかない。そして前認定の律子および原告らの過失が、律子の年令および右過失の態様(≪証拠省略≫によれば、本件ガス器具は新品であったことが認められる)等に徴し、前認定の本件浴室の設置の瑕疵との相関関係上さして重大なものといえないことを考慮すれば、過失相殺としての減額は前記逸失利益のうち四六万八七一六円にとどめるのが相当であるから、結局律子の逸失利益の損害額は二五〇万円というべきである。

3  相続

原告堂山梅雄が律子の父であり、同堂山友江が母であることは当事者間に争いがないから、原告らは律子の逸失利益の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一宛、すなわち各一二五万円ずつ相続によって取得したというべきである。

二  慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告らの間には、律子のほかには同女の弟輝男(昭和四三年三月六日生)を残すのみであり、律子は本件事故当時中学二年生で、原告らは殊の外同女の成長を楽しみにしており、同女の本件事故による不慮の死によって著しい精神的打撃を受けたことが認められる。これらの事実に加えて先に認定の律子および原告らの過失、本件事故の態様その他本件に関する諸般の事情を考慮し、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、原告ら各自に対しそれぞれ一五〇万円をもって相当と認める。

四  弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、原告らは被告から本件事故による損害賠償金の任意の支払を得られなかったため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任し、同四八年一〇月一三日に手数料五万円の支払をなすとともに、報酬として一審判決認容額の一割相当額を支払う旨約したことが認められる。右事実に本件事案の内容、審理の経過、認容額を併せ考慮するときは、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用の負担による原告らの損害額は、原告ら各自についてそれぞれ二七万円と定めるのが相当である。

第四  結論

以上の次第で、被告は原告ら各自に対し本件事故による損害賠償として、それぞれ逸失利益相続分一二五万円、慰藉料一五〇万円、弁護士費用二七万円以上合計三〇二万円およびこのうち弁護士費用を除く二七五万円に対する本件事故発生日の後である昭和四五年一〇月二四日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務を負うものというべきである。

よって原告の本訴請求を右の限度において理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官荒川昂は転任のため同東畑良雄は職務代行を解かれたため、いずれも署名押印することができない。裁判長裁判官 鈴木潔)

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